特別寄稿 日血外会誌 12:563-569,2003 

高安右人と高峰譲吉─金沢発,世界に名を残した 2 人の学者─

松原 純一
金沢医科大学胸部心臓血管外科


要  旨:その名が病名に冠された高安右人
 高安病或いは脈なし病の特異な眼底所見は,1908年 4 月 1 日,福岡に於ける第12回日本眼科学会で高安右人(ミキト)(1860-1938)により初めて報告された.即ち,22歳の既婚女性の眼底に花環状の血管吻合と血管瘤様の変化が見られ,その後 1 年足らずの間に白内障,網膜剥離から患者は完全失明してしまった.此の所見は後に撓骨動脈拍動を触れない,頸動脈洞神経反射亢進,を加えた三徴を伴う脈なし病として確立された.高安は東京大学を卒業後27歳で金沢の第 4 中学校医学部(現金沢大学医学部)に赴任し,46年間眼科医として北陸の眼科学および医学の発展に尽くした.
学者でありベンチャー企業家そして民間外交家でもあった高峰譲吉
 強力な澱粉消化酵素タカジャスターゼと止血・昇圧剤アドレナリンの発見者で日米民間外交に尽くした高峰譲吉(1854-1922)は,1 歳未満から金沢に住んだ.英語と化学を勉強するため長崎,大阪,東京に学んだ.1880年から 3 年間イギリスに留学し化学を修めた.1887年,アメリカ南部の製綿家の娘キャロラインと結婚し,1890年からはアメリカで米麹と麦のフスマからウイスキーの製造を行った.1892年タカジャスターゼを発見し日本を除く全世界にアメリカの会社から販売した.また1900年には上中啓三を助手としてアドレナリンの結晶化に成功し,タカジャスターゼとアドレナリンの販売で巨万の富を得た.其の富を日米民間外交につぎ込み無冠の大使とも称された.

索引用語:高安右人,奇異なる眼底所見,高峰譲吉,タカジャスターゼ,アドレナリン