最近の想い | ||
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医学,医療の発達はまことに目覚ましく,将来の予測が着かない.「研究にどこでブレーキを掛けるべきか?」という声すら聞かれる分野もある.我々人類が医学,医療の発展に望んで来た物は何だったのかと改めて問いたくもなる此の頃である.原点は紛れもなく人類の幸福を求めての物だった筈である.この様な事を何故に殊更に書くかというと最先端にある研究が道を誤ってはならないと心底思うからである.今迄の時代はどんなに研究を進めてみても,「人類の幸福」を求めた基本の域を外れる事はまず無かった.しかし,これからはそうでもない.幸い血管外科の分野に危なげなものは今の所見当たらない.だからと言って油断は出来ない.多様な手段手法が持ち込まれる事は必至で,其れによる結果,成果の評価は時間が経ってからなされる.我々は長いスパンで物を見切れない.慎重であるべきである. 四肢の血管外科は“LIMB SALVAGE”という言葉に代表される方向性を大切にして来た.生命との引き換えの場合以外はゆるぎない事である.それ故に困難な面もあるし,根気も必要とした.また,どのような結果にも向かい合わねばならなかった.今世の中の価値観は多様化して一人医師の判断のみが正しいとは言えなくなった面もある.“INFORMED CONSENT”では医師の正しい判断を示さねばならない.其れに自己決定権が加わってこそ正しい選択となる.明白な結果をめぐって外科医が悩む事もある.所で困った事に医師は,自分の考えや思い等を伝えるのが下手で,おまけに何時も時間に追われている.“COMMUNICATION学”なる物を医学部で教える必要性が言われている.同感である.しかし,私の経験からすると其の人其れなりの天性の物があるからそう簡単に事は運ばない.今日,診断学の進歩も目覚ましく“HERICAL CT”などまさに息を呑む思いである.次々に発達してきた外科以外の分野の知識は専門家のいう通りに利用し納得する以外にないが,臨床での経験は大切で“以前この様な症例でこの様な結果がえられた”ということ等を軽視してはならない.検査結果も然りで落とし穴が有り得る.造影の所見は血流速度を勘案して見るべきは当然である.結果が明らかに単純な形で見える血管外科の仕事は其れ故に厳しくもある. 私は今教科書を読み返して見る事に些かの情熱を持っている.最近の教科書は色づけもあって読みやすい.外科医であるから外科の教科書が中心になるが,教科書にある動かし難い事実,証明ずみの事実,どちらかというと単純明解な事こそが大切である.もっと早い時期に熟読すべきだったのにと悔いる思いがいつも残る.教科書は「権威」なのである.研究の途中,診療の途中で何度か教科書に立ちかえってという事を余儀なくされるが其れこそが大切である.血管があって,其れに正常な状態で血液が流れて,正常な代謝が行なわれてと言う判りきった事こそが大切である.教科書のすばらしさは改めて目をみはる物がある.そして其の周辺を支える“MONOGRAPH”があり,更に最新の“JOURNAL”がある順番を忘れてはならない.私はこれらの構成が安定感のある三角錐であって欲しいと思っている.教科書に見られる歴史を経た普遍妥当性こそが大切で,阻血肢が示す臨床症状も其の代表的な物である.すでに改変の余地のない記述が示す明解さ,安定感,信頼感こそが大切である.研究にたずさわっていた頃其のただ中にいると自分が掴んだ事象の価値と其れの永続性に必ずしも自信を持てなかった.私は浮腫に関してのリンパや門脈血の酸素飽和度等に興味を持って研究してきた.誇るべき結果に至らなかった事は勿論で悔まれる.今からでもまだ研究の時間が欲しいぐらいである. ALEXIS CARRELの事が“CARDIOVASCULAR SURGERY, 7 ; 671, 1999”に出ている.我々がいつも畏敬の念を持っているCARRELが実は野口英世博士と同時期に“ROCKFELLER INSTITUTE”に居たという事を私は福島の星野名誉教授から初めて伺い,同時に野口博士の色々の展示物にもふれる機会があった.何がすごいのか判らないが「そうだったのか.その頃の世界はそうだったのか」という思いが大変印象に残った.単純,感銘,ゆとり等等,どのように役立つかは判らないが人間には必要な事と思う.特に物理的にも精神的にも何時もぎりぎりの所に追い込まれている外科医には必要な事で,決して無駄な時間ではない.自分の思考や処世の形成に役立つ事は明白である.印象深い事象は大切にすべきである.今,血管の内膜の機能も非常に詳しく研究されて来た.新しい血管外科の臨床の仕事も成績があがっている.ENDOVASCULARの治療と共に血管外科の様相も変った.結構である.幾多の先達の業績を経て目覚ましく,新しい時代へと進みつつある.教科書に残る様な仕事や業績に手がかりを得ればどんなに心膨らむ事かと思いつつ,これから,或いは今,無心に,懸命に取り組んでいる皆にエールを送りたい.奔放に思考を遊ばせている日常での所感を取り留めもなく記した. |
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