曲がり角に立つ大動脈瘤治療 | ||
|
||
1991年アルゼンチンの外科医Parodiが腹部大動脈瘤に対してTransluminally placed endovascular prosthetic graft(TPEG),ステントグラフト内挿術の成功例を発表,次いで1994年アメリカの放射線科医Dakeが胸部大動脈に対して成功例を報告して以来,わが国においても外科医,放射線科医を問わず,TPEGの導入を積極的に試みている状況が続いている.欧米においてはすでに大動脈瘤の形態に応じてdeviceを選択しているが,本邦においてはもっぱら自ら作成したステントグラフトを使用している現状は,産学とも新しい技術に対するとりくみの遅れを感じざるを得ない. 1990年代に入り,血管外科においては外科全般のminimally invasive treatmentの流れにそってendovascular interventionが導入されてきたが,TPEGはその決定版ともいうべき新しい治療手技の出現である.この新しい手技は血管の吻合を行わずに人工血管置換を行うので,従来の血管外科の手法とは全く異る斬新な発想にもとずく手技である.低侵襲性のメリットを有することより,術前・後のQOLの向上,重症例に対する手術適応の拡大,リスクの軽減をはかれるなどの思惑から爆発的にひろがった.TPEGは開腹,開胸を要せず,画像診断とカテーテル操作による手技が主であり,従来では画像診断面を担当してきた放射線科医が参入してきたのは蓋し当然のことであろう.1995年日本血管内治療学会が発足したが,当時は外科サイドではEndovascular surgery,放射線科サイドではInterventional radiologyなる名称が一般的であったが,学際的な日本血管内治療学会(Japanese Society of Endovascular Intervention,ただし第1回学術総会時のみEndovascular Surgery)と呼称したのは先見の明があったものと評価される.先進したアメリカにおいても1994年創刊したJournal of Endovascular Surgeryは2000年にはJournal of Endovascular Therapyと改めたのは同様な流れと解釈できる.血管外科医のみがとり扱ってきた大動脈瘤治療は,もはや外科医の聖域ではなくなった感じを深くするものである. 新しい治療技術の評価は従来のものに比較して,少なくとも同等以上の臨床成績をあげることが絶対条件であり,更に患者のQOLおよび医療費の評価が必須である.これらの条件が満たされた技術のみが普遍的治療法になるのは歴史的にも歴然としている.TPEGは血管外科にとって革新的な技術であることは事実であろうが,今後検討すべき課題は山積している. TPEGの初期成績については筆者らの経験したハイリスク症例を含む胸部,腹部大動脈瘤57例では病院死を認めていない1).本法を施行するに当っては厳密な画像診断と適応基準,術者の自己研鑽,X線透視を備えた手術室および注意深い術後管理とフォローが必須条件と考えている. 中期ないし長期遠隔成績についてはステントグラフト内挿術後におけるグラフトの固定性,大動脈瘤径は縮小するか,破裂のリスクはなくなるのか,耐久性はどうかなどがポイントである2).ステントグラフトと大動脈壁との圧着部位landing zoneではproximal neckが拡大する傾向がみられることもあり3,4),治癒過程や圧迫による大動脈壁の病態を解明する必要がある.TPEG後大動脈瘤径の消長は,治癒判定の基本的な評価基準であるが,Gilling-Smithら5)は3~36ヵ月の観察にて瘤径が拡大を示した症例は,endoleak (+) では45%,endoleak (-) でも22%であったことより,endoleakを認めないとしても必ずしも治療成功とはいえないと述べており,筆者自身もendoleak (-) 例で瘤径の不変ないし拡大を3例(16%)に認めている.Whiteら6)はendoleak (-) 例で術後経過中に瘤径拡大のため開腹手術を施行した際,瘤内圧(endotension)を測定し,体血圧とほぼ同様であった腹部大動脈ステント症例を報告した.endotensionの持続は瘤径の拡大,破裂につながるのみでなく,landing zoneの拡大を来すためsecondary endoleakの原因にもなりうるので,endoleak (+) では当然であるが,endoleak (-) においても注意しなければならない. Euroster報告の腹部大動脈に対するTPEG 2310例の中期成績7)において,術後1.5~3年でdevice関連の合併症が4~15%に生じており,筆者もグラフト穿孔例を経験している.少くとも半年毎にはチェックが必要であり,deviceの改良が望まれるところである.TPEGでは術翌日には歩行,経口攝取が可能であり,術後の患者のQOLは従来のグラフト置換手技に比し,極めて良好であり低侵襲医療として今後その要望は高まるものと考えられる. TPEGが学際的な治療技術であることより,術者のトレーニングシステムの確立が急務である.血管外科医がこれまで培って来た手術手技はカテーテル挿入の第一段階で必要とされるばかりでなく,血栓の充満した大動脈瘤および動脈硬化病変を有する大動脈壁の病態の理解に生かされるべきである.また超音波,CT,血管造影などによる正確な計測やX線透視下でのカテーテル操作の習熟を必要とすることから,学際的なトレーニングシステムの確立が望まれる.21世紀においてTPEGが大動脈瘤治療法として確立するためには,TPEG症例のレヂストリーによる全体像の把握と問題点の洗い出しが必須と考えている. 文 献
|
||
閉じる |