─大動脈瘤─pathogenesisをめぐる過去と現在
山梨医科大学第二外科
多田 祐輔
 最近,大動脈瘤のpathogenesisについての議論が賑やかである.従来,大動脈瘤は動脈硬化性,炎症性,外傷性,あるいは狭窄後,動静脈瘻など血行力学的要因による動脈瘤などそれぞれの臨床的特徴の記載も加わって何となく画然と区別されているような気分になっていた.それも時代による潮流があり,1960年代から70年代の始めにかけては,梅毒血清反応が陽性であれば即ち梅毒性であり,嚢状動脈瘤であれば炎症性動脈瘤に分類するなどどちらかと言えば視点は炎症に向いていた.病理もまたこの視点から中膜の破壊の様子や細胞浸潤の状態などの記載を欠くことはなかった.近年は特に主治医から臨床像の特異性の指摘がなければ病理の返事は大抵atherosclerotic aortic aneurysmであり,その結果,最近の若い血管外科医は殆どの大動脈瘤は動脈硬化性であると慢然と信じ,本誌をはじめとして論文投稿時には動脈硬化性動脈瘤の表現を何の疑問もなく使用している.高齢社会,閉塞性動脈硬化病変の合併などの臨床的背景に加えて完成した動脈瘤の内面の病理形態像はまさしくatheroscleroticであるからである.しかし陳旧性の高安動脈炎による大動脈瘤の内面は粥状硬化が目だち,特異な中,外膜の破壊像に注目しなければatheroscrelotic aneurysmである.また1972年にWalkerが動脈硬化性動脈瘤と異なるentityとして報告したいわゆるinflammatory AAAもまた内面の著しい粥状硬化性変化からはatherosclerotic aneurysmである.炎症性細胞浸潤を伴う著しい線維性肥厚は通常の"atherosclerotic aneurysm"との連続性と可逆性から動脈瘤の進展の過程でなんらかの要因,例えばCMVの感染などが加わって修飾された"atherosclerotic AAA"の亜型との一応の決着をみたが真相は不明である.かくのごとく慢性大動脈瘤における内面の粥状動脈硬化巣や中外膜の線維化は原因の如何に関わらず,破壊と修復,その上に生じたリモデリングに共通した表現型の一つであり,病因を意味しないことは今や常識であり,1991,国際心臓血管外科学会のNorth american chapterの特別委員会ではatherosclerotic aneurysmに替わってnon-specific aneurysmの表現を推奨したのは当然である.大動脈瘤の粘弾性特性を支えているelastinとcollagen特にlife spanが長く,再生産の出来ないelastinの崩壊が大動脈瘤形成のきっかけであり,粥状動脈硬化過程とは独立した多元的要因によっているという近年の研究成果をいち早く反映している.恩師上野明先生は私が血管グループに入った当時,血管疾患での不思議について言われた.例えば動脈硬化は内膜の病変であるから閉塞するのはわかる.しかし拡張は説明できないのではないか,また大動脈壁内のvasa vasorumははるかに高い内圧を受けていてどうして中膜を栄養できるのかなど,常識的,教科書的知識しかもたない私には考えも付かない疑問であった.1980年はじめ盛んに大動脈瘤壁のelastaseを測定されていたし,既に細胞外マトリックスにおける大量の水を含んだ糖蛋白がゲル状になって巧みに圧を吸収し,収縮期におけるelastinの伸展と拡張期におけるrecoilを可能にし,中膜の中1/3の細胞栄養に都合の良い環境を与えていること,動脈瘤の最初の引金になるかも知れない弾性線維の損傷は細胞外マトリックスの水の喪失が関わっているのではないか(脈菅学 41: 131-138 2001)と言う答えまで用意されていたとは.今や弾性線維が損傷され,elastin崩壊産物の化学的刺激による炎症浸潤性細胞からIL-1BやTNF-aなどサイトカインの放出,macrophage,lymphocyteあるいはひょっとしてある時期には好中球からも強力に,産生されたMMP-1,MMP-9に代表されるmetalloproteineisesが,MMP-3やserine proteaseなどによって活性化され,TIMPsによる阻害作用も及ばず大動脈壁のelastinとcollagenをさらに崩壊させて,動脈瘤の破裂に至る.これが大動脈瘤発生と進展,破綻のCascadeと総括されつつある.血清MMPsの測定値と大動脈瘤の破裂危険度との関係も取り沙汰されている.最初の弾性線維の損傷は遺伝的要因,動脈硬化,自己免疫,感染,化学的刺激など多元的要因が上げられようが,上野先生は細胞外マトリックスにおける水の喪失,つまり涸びる,あるいは空気の抜けたタイヤ,それもゴムが綻びているとすれば,MMPsの抑制物質に動脈瘤の薬物療法を夢みる向きには多少がっかりもしようが,何か目から鱗がとれたような新鮮さを感じたのは私ばかりではなかろう.しかし敢えて大胆に推論すれば,損傷に対する修復や最終的なリモデリングがしばしば過剰であり,障害的であるとしても,一部には合目的的な反応でもあろうから,MMPsをその目でみれば,破壊産物の掃除屋,いわば洗剤のようなものとも云えなくはなかろう.この洗浄速度を適度に抑えることが出来れば可逆性は無理としても大動脈瘤の進展速度を遅くすることはひょっとして可能かも知れない.破裂頻度が高いとされる炎症性動脈瘤でもベーチェット病のように早期に血管壁が融けるように穿孔するものから,高安動脈炎の多くのように石灰化と線維化を伴ってきわめて慢性に経過するものまであるのは大動脈壁内のこの生体酵素作用に緩急があるためであろうか.勝手な想像である.
 恩師和田達雄先生は40年近くの昔,動脈硬化性動脈瘤といえども破裂に至るには炎症性機転が必要ではないかと破裂性動脈瘤の観察から述べられたのを,動脈瘤発生と進展における炎症機転の役割が注目されている今,改めて思い起こされる.上野先生や和田先生が1例1例の臨床所見や手術材料を詳細に観察し,これを俯瞰して本質にせまった概念や仮説が分子生物学的手法を用いてようやく証明されようとしているのだと改めて思うのである.大動脈瘤のpathogenesisの研究が大動脈瘤進展制御に結び付くことを期待するが,同時に若い研究者も欧米発の"NEWS"にばかり注目せず,時には過去の記載に振り向くのも,研究者としての"Intelligence"の幅を広げるに必須であることを付言する.
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