学際的立場
福島県立医科大学脳神経外科教授
児玉南海雄
 自分は脳神経外科医で,主として脳血管疾患を扱うことが多い.脳の動脈や静脈は,身体他部の動静脈とは構造がかなり異なっている.地球に生物が出現してからの,いわゆる進化を経ての結果であり,なぜにそうなったのかを科学的に説明しようとすればできるのかもしれない.しかし,ひょっとすると最初から神様がそのように造っておいたのではないかと,神の実在を考えてしまうほど見事なバランスである.
 血管一つをとってみても,これだけの神秘性をかもし出す人体では,ほかの臓器にも計り知れない不思議を秘めていると思われる.この神秘を解くことがはたして本当に善いことなのか否か,科学の解明度に人間の考え方がついていけるのか等の疑問も湧く.試験管ベイビーから始まり,クローン人間,そして今,米国大統領と議会が直面している幹細胞の問題など,解明された科学そのものに人間社会があわてふためいている側面を露呈している.
 われわれが関与している血管外科関係でも,疾患に関連するgeneの特定を始め,新しい事実が明らかになりつつある.しかし,いまだ幸いにしてといおうか,不幸にしてなのか定かではないが,人間社会が制御しかねる問題がでるほどではない.むしろ学会に行くと,臓器ごとの血管外科医が自分の扱う血管のみに意識を集中埋没させ,いわゆる学際的な仕事が少ないように思われる.臓器が異なっていても結局はおのおのが統合され一個の人体が成り立っているのである.互いの関連性がないはずはなく,少しずつでも自分たちの領域の知見を持ちあって歩み寄り,血管外科の各分野を発展させるような姿勢が必要と思われる.
 ビッグバンという言葉は最近では金融等にも使われるようになったが,もともとは宇宙の創造に関する論議のなかから偶然に生まれた.その宇宙発生の理論は,互いに関連があるものの異なった領域の学者が集まり,討議することにより完成された.一人は物理学者のアインシュタインであり,一人は天文学者のハップル,残る一人は驚くなかれ神学者のルメトールである.神学者のルメトールは,かなり高度な物理学を勉強していた人ではあったが,神学者として天地創造に興味を持ち,思索を重ねていた人である.この三人が一堂に会し論議を重ね,宇宙は質量の高い一点が爆発して発生し,それは現在でも膨張を続けていると結論したのである.まさに学際的討議が,大きく学問の発展に貢献したモデルケースであった.この結論はその後多くの学者により裏打ちされ,これに関するテレビ討論会で司会の学者が,意見が対立していた学者に向かって“うるさいやつ(Big bang !)”と言ったことからこの言葉が使われるようになった.
 学際的仕事はよく話題にされ,実行すべく組まれたprojectも多く耳にするが,最後まで維持されることは残念ながら少ないのが実情のようである.おのおのにegoがあるのは当たり前で,それをそのまま発揮していけば,続けるのが困難になるこわれやすい側面を有するのも致し方のないことではある.
 前述のビッグバンの由来も,強硬な反対意見を述べ続ける人に投げつけられた荒っぽい言葉であったことを考えあわせると,互いを埋めあう難しさを物語っている.しかしニュートン以来の万有引力説を訂正し,完璧と思われた相対性理論を発表したアインシュタインは,その理論の一部に誤りがあることを指摘されたとき,周囲の人たちが驚くほどの素直さでそれを認めたという.
 信念を持つことも必要なことであるが,素直に他を受け入れることはもっと大切である.この態度を保ちながら,互換性のある手術手技や学問的知見の交流を図っていくことが,臓器別に血管学を学んでいるわれわれに必要なことではないだろうか.現時点において血管外科医は,好むと好まざるとにかかわらず,ある意味では有利な学際的立場に立っており.今後前向きの姿勢で対応していけば,大きな学術的発展につながっていくものと期待している.
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