‘自称’血管外科医 | ||
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1973年,30歳の時に血管外科医になると決めたので約30年かかってやっと欧米で言う血管外科医に少し近づいたと思っている.30代,40代は症例を求めて文字通り東奔西走した.50代に入りやや余裕が出来てきたが血管内治療の出現,新抗血栓剤の開発により症例の振り分けが必要となったためか,外科部分が目減りしてきた感じである.それにつけても病気が増えることを真から望むわけではないが,欧米の症例の多さには驚かざるを得ない. 1970年小生が渡米,留学した当時はまだアメリカ血管外科専門医制度は発足していなかったが,血管外科と心臓外科が分かれたところであった.サンフランシスコ(UCSF)のワイリー教授が「心臓外科と血管外科の間にはっきりした違いが生じている」ことを示した頃である1.血管外科フェローシップはすでにスタートしており,応募者が多かったことから多分優秀な一般外科レジデント修了者を集めていたようである.1972年にはアメリカ血管外科学会専門医制とトレーニングプログラムを確立するために大規模な調査報告が出されている2.これは今の日本にも絶対必要な調査であるが,それによると1969年の全米推定手術症例数は大腿-膝窩動脈バイパスが年間 2 万件,大動脈腸骨動脈閉塞性疾患に対するYグラフトが 1 万 7 千件,頸動脈手術約 5 千,腹部大動脈瘤手術 1 万 5 千件などとはじき出され,スタンダードな施設の最低年間症例数は30であったという. このころ女性に惚れるがごとく(註:若い時の)血管外科にのめり込んだ小生は,アメリカで外科レジデントをしていたが,わずか10ヶ月くらいで103例の症例を経験させてもらった.そして運良く前述のワイリー教授に面接してサンフランシスコ(UCSF)行きがオーケーとなった.そこではフェローとして 6 ヶ月間で200例のメジャー血管手術を経験し(術者ではないが),すべての手術記録,画像,術中写真を自分のものにすることができた.大感謝である.しめて303例の経験は当時日本での10年分にも当たる経験であったと思う.1975年帰国して母校東京医科歯科大学第 1 外科の助手になったが,1978年までの 3 年間はいくら頑張ってもメジャー手術は年間20-25例とみじめなものであった.そんな我が国では,偶然にも小生が血管外科宣言をした年‘1973年’に血管外科研究会が発足している.日本での症例の少なさを嘆いていた頃アメリカでは,血管外科のトレーニングシステムをめぐって最終的な盛り上がりをみせていたようである3,4.推定年間手術件数12万 6 千件という数字から 1 年毎に新しく必要な血管外科医は42名でいいのではないか,血管外科の定義(胸部・脳内以外の脈管),トレーニング方法,期間などの基本事項が整然とうまくまとめあげられていた4).血管外科専門医誕生までにはいろいろ摩擦・障害があったようであるが,すごいラストスパートの時期である.このときの提言では血管外科専門医であるためには最低年間70例の症例経験が必要であると計算されている.1979年のことである. さて小生のこだわりの症例数の方であるが1983年には血管外科メジャー症例が年間35例と30代となり,だんだんかつての米国の最低基準に近づいているなと思うようになってきた.一方1980年代初めのアメリカでは,血管外科教育が徹底して論議されたようで,53施設がトレーニング病院として選ばれ,それらの平均血管外科手術症例数は年間250前後であることが公表されたのである5.1982年血管外科のわが師とも言うべきワイリー教授が死亡,享年64歳であったが,死の 2 ヶ月前にアメリカで第 1 号となる血管外科専門医の証明書を手にしたという6. さて自分の体験と日米血管外科の流れを比較してきたが,21世紀を迎える前にアメリカではAmerican Board of Vascular Surgeryは公認され,完ぺきに出来上がってしまったようである7.小生の施設の血管外科手術症例も2002年メジャー手術200例,それ以外50例となり,小生の30年間日本での手術症例は加速度的に3000例に近づいている.とはいっても3000例なんて現在のアメリカ,ヨーロッパの主要施設でのわずか 1 年分かせいぜい 2 年分の手術症例数であり,もはや急には追いつく気にもなれない.さらに,悲しいことに今の日本のシステムでは,‘自称’血管外科医と‘自称’血管外科専門医がいるのみである.時代にそぐわないsubspecialty 成立には多いに問題があることが,すでに見えているようである. 振り返れば「血管外科」の現在の隆盛・発展をみるにつけ,自分の30年,日本の30年,アメリカの30年の間に何か因縁めいたつながりを感じたので文献つきの巻頭言としてまとめてみた. 文 献
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