異状死と医師法21条について | ||
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「異状死」と医師法21条の関連性が話題となったのは,平成 6 年 5 月に日本法医学会が異状死のガイドラインを発表してからである.そのガイドラインによると,「“診療行為に関連した予期しない死亡,およびその疑いのあるもの”は異状死に含め,その診療行為は広い範囲に及ぶ」という内容であった.医師法21条は「異状死の届出義務」について定めたものであるが,それまで異状死の捉え方について明確にされていなかった状況下において,法医学会よりこのようなガイドラインが発表されたことは大きな反響を呼び,「あらゆる診療行為を含める是非」,「刑事被疑事件としての捜査対象の拡大」,「遺族の信頼喪失の危険性」等の議論がなされてきた.これらのことをふまえ,多くの学会,厚生労働省が中心となり「診療行為に関連した患者死亡の届出に関する中立的専門機関の創設の要望」,「診療行為に関連した死亡の調査モデル事業」が計画され,一部が実行に移されている.前者の主な目的は,法的に裏付けられた中立的専門機関による診療行為全般の検証で,後者は客観的な医療行為の妥当性の評価を多くの施設で行い,そのデータを集積することにある. 上述のことは,医師法21条と異状死の関連性を明確にし,今後の方向性を明らかにする上で重要ではあるが,医師法21条が定められた歴史的背景に対しても着目したいと思う. 医師法21条は明治39年に制定された医師法の中に記されており,そのルーツはヨーロッパ(ドイツ)の埋葬法にあるとされている1).その中の一つであるドイツ・ハンブルグの埋葬法にある「不自然死を窺わせる根拠が判明した場合,またはそのような死の可能性を否定できない場合,医師はただちに警察または検察庁に通報しなくてはならない」の項は,医師法21条と同様の趣旨であると考えられる.第二次世界大戦前においては,わが国はヨーロッパ,とくにドイツとの関係が深く,文化的にも多大な影響を受けたとされているが,ドイツの埋葬法にわが国の医師法21条と同様の条文があり,通報義務および罰則規定まで課しているのは大変興味深いところである.しかし,両者には大きく異なる点が一つあり,それはドイツの埋葬法では自己負罪拒否権が認められており,情報提供義務者が情報提供により刑事訴追の危険性がある場合は,情報提供拒否権を行使できるという点である.この条文は時代の変遷と人権上の配慮から加えられたとされているが,このことは異状死の届出について定めた医師法21条の今後のあり方を考える上で重要なポイントである.当然のことながら,医師法は医師の職務上の規範となるものであり厳守しなければならないが,その時代に沿った条文の解釈,内容の変更について考えていくことも重要である.わが国においても診療行為の評価に基づき条文に即して遂行していくのか,あるいは情報提供拒否権を付加するべく改定していくのか,選択が必要となる時が来るのではないだろうか.とくに情報提供拒否権についてはこれまで充分な議論がなされてこなかった項目であり,今後はわれわれ医師もこのことに対する意識をさらに高めていく必要があると思われる. 文 献 1) 畔柳達雄:医師法21条のルーツを求めて―ドイツ連邦共和国を構成する諸州の埋葬法調査.判例タイムズ,1155:41-67,2004. |
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