| 大動脈外科医としての血管外科 | ||
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| 巻頭言でお話しをするのはその道の大先輩だけだと思っていたが,今回このような機会を与えていただき光栄に思うと同時に,自分も年を取ったのだと考えさせられて奇妙な気分である.私は大学を卒業してから約30年経過したが,そのあいだ心臓血管外科に所属して大動脈外科(大血管外科)を専門として診療してきたので,最近の考えるところを述べる. 大動脈外科医と末梢血管外科医:欧米でいう血管外科医は末梢血管外科医であり,1970年頃に米国では血管外科と心臓外科が分かれたという.血管外科医の狭義の定義は胸部・脳内以外の脈管を扱う外科医である.日本の当学会では胸部大動脈を扱う外科医も血管外科医に含めていて,通常は心臓の手術も行う.腹部大動脈以下を扱う末梢血管外科医は消化器外科を専攻したあとに血管外科の道に入った人が多く,心臓外科から入った人の多くは私のように大動脈外科医となっている.そして,大動脈外科医は通常腹部大動脈瘤までは手術を行っても,末梢動脈には手を出さない.平成15年度から外科系の専門医制度が導入されたが,外国の多くが末梢血管外科に限定した専門医制度を採っており,わが国のように心臓外科と混在した心臓血管外科の専門医システムは採っていない.しかし,末梢血管外科の内容は極めて高い専門性を有しており,末梢血管外科が 1 つのsub-specialityであることは多くの人が認めるところであるので,今後この点をいかに考えていくかは慎重に討論する必要がある.私は心臓大動脈外科と末梢血管外科はいろいろな面で異なるので,一人が両方を診療するのは無理であり,また信頼される外科治療はできないと考える. 大動脈外科医としてのセンターでの経験:大阪の国立循環器病センターには22年間お世話になったが,レジデント終了後は血管外科グループに所属した.他に小児グループと大人グループがあったが,センターは症例が多いため各科の包容力は大きく,Bentall法や大動脈炎などの大動脈弁手術から末梢動脈まで各種の手術ができたのでとても面白かった.なかでも大動脈外科の手術が多かったため,末梢血管外科にまで熱が入らなかったのが事実である.このために私も大動脈外科医となることができたし,血管外科グループから心臓血管外科の教授として千葉大学の中島伸之教授,東京大学の高本眞一教授,神戸大学の大北 裕教授がご栄転となった.私としてはセンターでこれらの先生方と手術ができてとても幸せであったが,施行していなかった逆行性脳灌流法が高本先生のおかげで経験できたことはとくに勉強になった. 大動脈手術の進歩と課題:私が執刀医となることができた初期の頃の20年前と比較して,大動脈外科の進歩は目覚ましい.その理由として被覆人工血管が使用できるようになって術中出血が少なくなったことと,手術手技や人工心肺による補助手段が確立したことが大きいと思う.かつては大量出血のために何人もの当日採血の生血を用意したり,長時間の圧迫止血を要した.そして以前はリスクの高かったA型急性大動脈解離,遠位弓部大動脈瘤あるいは胸腹部大動脈瘤などの手術成績は著しい向上をみるに至った.しかし,malperfusionを伴った急性大動脈解離や,破裂性の大動脈瘤に対する手術成績は依然として満足すべきものではない.それに歴史的にも世界に類をみない超高齢化社会が出現しようとしているわが国において,種々の合併症を持った高齢者の患者をどこまで手術すべきか,ステントグラフトを含めてどのような方法で外科治療を行うべきかなどは今後議論していかなくてはならない.また,高齢者の増加を迎えて血管外科の領域では動脈硬化による疾患がますます増加するため,患者さんのQOLを考慮した診療を考えていく必要がある. 大動脈手術におけるPublic disclosureとリスク:2 年ほど前から種々の疾患の症例数や手術成績が新聞で公開され,病院ランキングが報道されるようになった.週刊誌や新聞が病院のランキングを出すことは,社会への情報提供としては悪いことではない.しかし,ランキングの根拠やしっかりした解説がないと正確な情報が読者に届かない.とくに心臓手術や末梢血管手術と比べるとリスクの高い大動脈手術では,個々の症例の病態によって成績が大きく左右されるので,十分に理解されない恐れがある.欧米では最も数が多くて心臓外科を代表する治療法である冠動脈バイパス手術の成績公開(Public disclosure)が行われるようになった.また,リスク調整手術死亡率(RAM)を施設毎のみではなく,外科医別についても公開されるようになった.その結果Public disclosureに対してRAMを良くするための手術拒否を含めた萎縮医療が生じた.また,大動脈手術では一定の確率で起こり得る不可避な出来事が多く存在し,これに対して全力の治療を施した医師ですら刑事責任を問われるのなら,ハイリスク患者のたらい回しが全国に広がることになる.しかし手術にリスクが伴うのは避けられない.医療事故の減少には多くの人材を病院に配置し,有能な外科専門医には相応の待遇を行うべきだ. 大動脈外科医の確保と処遇:外科医局員の減少傾向は日本の医学界と大学全体にみられる現象である.とくに私立の医科大学では将来の開業などにそなえ,外科医より内科医を選択する傾向にある.どうすれば優秀な若手外科医を増やすことができるかを真剣に考える必要がある.原因は複合的にさまざまな要素がからみ合っている.夜遅くまで毎日働き,家庭も十分に省みることができないような過酷な労働条件や,最近の医療事故の報道が外科系が主であることも大いに関係がある.収入は他科と変わらず,外科医が経済的により恵まれていることはない.日本の外科医の生活もハイリスク・ローリターンでは崩壊する.大動脈外科領域ではとくに手術時間が長くかかる,緊急手術が多い,術後管理も大変である,急変して患者さんの生死に関係することがあるなど,他科に比してストレスが多いので当然希望者が少なくなる.そのうえ,大動脈外科は高度の専門的トレーニングを必要とし,長期間の研修期間が必要となる.日本胸部外科学会の若い胸部外科医の処遇に関する実態調査でも,日本の心臓血管外科医,とくに若い人たちの生活環境,労働環境,処遇は極めて劣悪なことが報告されている.少数の人達の犠牲の上に成り立つ心臓血管外科では,若い医師に大動脈外科が魅力ある専門領域とは映らない.わが国では医師に対する評価が一律であり,専門技術に対する評価,労働時間や仕事内容に対する評価,仕事のリスクに対する評価が全く考慮されていない.大動脈外科医も欧米並みに少数精鋭化されて,もっと恵まれた処遇を受けても良いのではないかと考える. |
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